あずきバーになるまでの小豆の歴史


小豆の歴史

小豆は日本でよく食べられている食材の1つです。

おめでたいときに食べられるお赤飯に入っていたり、寒く冷えた体を温めるために飲まれるおしるこの中に入っていたり、日本のお菓子である和菓子にも入っています。そして、あんまんやお粥、アイスクリームといった様々な料理に使用されています。

では、そんな小豆ですがいつ頃から日本で食べられるようになったのでしょうか。

 

 

 

縄文時代から愛されていた小豆

 

日本の歴史で一番古いと言われているのは縄文時代ですよね。

その縄文時代や古墳時代の遺跡から小豆の炭化した種が発見されました。

このことから日本では、既に8世紀頃から小豆を栽培し、食べていたのではないかと言われています。

 

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引用元:http://k-mirai.net/a/154

 

奈良時代の書物で、最古の歴史書と言われている「古事記」や日本の正史書として有名な「日本書紀」に大宣津比売神(おおげつひめのかみ)の鼻から小豆が生えてきたという記述があるほど、小豆は古くから親しまれているのです。

 

中国から小豆は伝わりました

小豆は、中国から朝鮮半島を経て、日本へ伝わったのですが、日本をはじめ、中国や朝鮮といったアジアの国々では、小豆の赤色には魔よけの効果があると信じられており、神秘的な力を持った豆とされ、様々な行事や儀式で使われてきました。

世界最古の薬学書と言われている中国の「神農本草経」という書物があるのですが、その中に小豆の煮汁が解毒剤として使われていたと記されています。

 

また、小豆はとても栄養価の高い豆なので「医食同源」として料理に使われるだけではなく、薬としても使用されていたのです。

 

 

小豆が甘くて美味しい「あん」になった経緯

 

和菓子やあんまん、あんぱんに使用されている甘くて美味しい「餡(あん)」ですが、いったいいつ頃から誕生したのでしょうか。

小豆が餡(あん)として初めて登場するのが、紀元前607年の推古天皇が統治していた飛鳥時代になります。現在の中国である隋へ日本から遣隋使を派遣した際に、中国のお菓子などと共に一緒にやってきたと言われています。

このときの餡(あん)は、現在のような小豆を使った餡ではなく、肉や野菜で作られた肉まんの具ののようなものだったそうです。

その後、餡が小豆を使用した餡に変化したのは、昔の僧侶たちは肉を口にすることが禁止されていたため、考案されたのが小豆を使った餡なのです。

 

奈良時代には中国から砂糖が伝わり、お菓子の他に料理といった様々なものに利用されるようになりました。

平安時代には和菓子の基盤となる唐菓子が中国から伝わり、様々な技法や手法で色とりどりの和菓子が作られ、代々受け継がれてきたその技術で、現在でも私たちの目や舌を楽しませてくれます。

 

室町時代になると、1453年にやってきたポルトガル人から「金平糖」や「ビスケット」などが日本にやってきました。

また、日本では小豆に砂糖を加えた善哉(ぜんざい)が誕生します。善哉とはとんちで誕生した名称で、かの有名な一休和尚(いっきゅうおしょう)が命名したと言われています。

 

 

また、1月25日の日に神様をお送りする神等去出(からさで)と呼ばれる神事が執り行われていたのですが、この日に神前に供えられたお餅と小豆を一緒に煮て小豆雑煮が作られていたのです。この食べ物を「神在餅(じんざいもち)」と呼ばれており、これが善哉の起源とも云われております。

様々な変化を経て、小豆から餡が誕生したのです。

 

一般的に小豆の餡が食べられるようになったのが、江戸時代からで、この頃から小豆の餡を使ったお菓子などがどんどん誕生していき、そして、現在の「あずきバー」に至る訳なのですね(笑)

 


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